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心の奥の『凪』が教えてくれるもの

 

最近 心の奥がとても静かなんです。

イメージはこんな感じ。


 

凪。

 



前にもこんなことがあったな

 

と、ふと10年前を思い出しました。

 

 

 

あれは29歳の頃、離婚して その後バタバタが落ち着いて ふと一息ついた頃でしょうか。

 

あぁ 自分はいままで どんなに心の中がザワザワしながら生きていたのかと思い知らされました。

 

 

 

心の奥がただただ 静か・・

 

 

 

 

おそらくそれは 今考えると 

小さなことや大きなこと 

人生で起こる様々なことに

翻弄されて 揺さぶられ続けていた私の心が 

 

 

外側にとらわれず  

いい、悪いの二極でも無く 



自分だけの絶対的な真点



から生まれた世界に在る感覚

 

かなぁと思います。

 

 

つまり、魂の声に導かれた世界にいる感覚。

 

あの時は 大きな流れと自分の内なる感覚にただただ従い 流されるように流れた先の離婚という感覚でした。

 

ただただ 自然の流れだと感じました。

 

 

憤りも恨みもなく、

結婚生活の全てをなかったことにして蓋をする感じでもなくて、

 

そうなるべくして なっていて

 

自分の意思を超えた大きな流れに導かれているような感覚がありました。

 

感じていた違和感や

なんとなく着地していない感覚は 

潜在意識からのメッセージだったのかもしれません。

 

それが形になった時に この凪のような真点から静かな感覚があるのかもしれません。

 



 

6月に 何も知らないバリに来て 


全て大いなる流れの中で

導かれていることを体感する中で 



何も言えない、



言葉が見つからないほどに 


私は今 深く着地しています。





不思議で深く安心する感覚。





離婚することやシングルでの子育てについては 様々な捉え方がありますし、一概には言えない部分だけれど 私は結婚したことも 子どもたちを授かったことも 離婚をしたことも 後悔したことはありません。

 

 

全て 私に必要な経験であり 学びであったと思っています。


そしてそこで感じた様々なことは 私の豊かさになっています。

 



離婚するときに彼と

 

「この先どんなことがあっても お互い子どもたちの親であることは変わらない。子どもたちを大切にしていこう」

 

と約束しました。

 

 

その部分では 

彼とは いつもつながっていて 

お互いの心にあるその約束を 変わらず大切にしています。

 

 

私は ずっと子どもたちが大切にしているパパやその周りにある環境全てを 子どもたちと同じように大切にしてきました。

 


「子どもたちが大切にしている世界」


を大切にしています。


 

子どもたちは感じるままに話し 

それをそのまま受けとめているからか


 家の中でも、外にいても

パパの話は普通に飛び交いますし、

彼らの中で彼はずっと大好きなパパです。

 


彼の新しい奥さんや

生まれた赤ちゃんのことも大好きで 

 

そんな話を嬉しそうにする彼らを見ているのが私はとても嬉しいなと思っています。

 



そして 当時から心に秘めていた夢を叶えて 当時よりずっと自分らしく生きている彼や彼の大切にしている世界を


子どもたちを通して知ることは 私にとって とても温かいものになっています。


家族の形はこんなものとか


家庭とは・・


結婚とは・・

 



そんな常識にとらわれている時は 正解の振る舞いを考えますし、そんな意見をぶつけられることもあるかもしれません。

 


でも どんなことにも

正解なんてないと思っています。


そして不正解も・・

 


自分がどう在りたいか。


それだけ。



 

「今ここ」を 

形や関係、常識にとらわれずに 


心地よく緩やかに 

自分に優しい形で 

自分の愛を循環させていくこと。

 

 


きっとそれが

私の一番したかったことで


今も昔も心の奥で大切にしてきたのは それだなと感じます。

 


そして 今ここで心静かにいられることも 魂の願いに沿って 私が存在していることを感じるからだろうと思います。

 

 


 

バリに来るまでは


 

こんなことしてみたい!

未知の世界を見に行きたい!

今世 生きている今にできることをしたい!

夢をかなえる。

願望、野望・・

ザワザワを超えた先に見えるんだ!

これをしなければ手に入らない、

こんな私にならなきゃ、

もっと知識を、技術を。

目覚めたい。とか 

 



大なり小なり 様々な心の声と共にありました。

 



でも ここにきて 


ふと


頭でわかっていた方法論的なものが 


体感として

私の真芯にズドンときた感じがしています。


この辺から・・↓

 

それがいいね そうしようね。

めっちゃ響いた!

 

 


自分の中にある全てが

大切なピースであることや 



今ここにいる


それが本当の豊かさ



ということがわかってくると 



自分の全てが

自分の中で調和していく感じ。




何もなくても全てあって 

今ここで勝手に満ちている。

 

 


許せない人も 許せないものも世の中にはなくて・・なんでもあって全部いい。


とらわれてない、こだわりがない。

どんなことも受け入れられると思う。

 

 


なんというか・・

 



どんな状況になっても 私がいつも心地よく幸せでいられることは可能だと すでに知っている感じ。

 

 


だから不安もなくて。

 


ここでお金がなくなっても、

食べ物がなくなっても


死をむかえても。



それさえも豊かさだと知っている感じ。

 

 

 


だからかな。

 

言葉が薄っぺらく感じてしょうがなくて、言葉じゃ足りない感じというか・・


感じていることを言語化するのって

深いなぁ。



 

 

人生のステージは 

この満ちる感じを知ったら


その後も上昇下降を繰り返すでしょうけど

 


願望や夢を超えた

オプション期間に入るような気がしています。

 

 


どうなりたい がない。

 

どうなってもいい。何があってもいい。

 

 

ただそこで導かれる人たちと

愛を分かち合いたい。


そこで感じることを味わい愛でていきたいな。

 


それだけ。

 



それ以上に望むことはなくなりました。

 


 



 幸せとはシンプルなもの。

 



調和とは

いい、悪いの二極の世界じゃなくて

絶対的な真点からのもの。

 

 


外側のものに囚われて

かき集めるのではなく、

 


わたしの内側から湧き出る想いを

丁寧に拾い上げて

 

そこから感じる全ての感情を味わい

どんな世界が広がっていくのかを

ただ見せてもらうこと。

 


大いなる流れに導かれるままに導かれていくこと。

 


 

きっとそれが魂が望んでいるであろう

理想の世界を創造していくことだなあと思います。

 


 

さきこさんの記事の中で響く部分がありました。

 

ハワイ島についての記事から・・ 

全文はこちら



これはアグン山とバリニーズたちの在り方にも繋がる気がしました。

 


♡♡

ここに昔から住んでる人たちは

もう、小さい頃から、「逆らわない」という受け容れるスピリットを教えられて育つそう。

 

 

「ペレ様がやった事だから仕方ない。その時は、どうぞ、流れて来てください」

 

という在り方。

 

 

 

神様を崇め祭り過ぎる訳でもなく、

開き直り投げやりになるのでもなく、

 

大自然に対する畏敬の念が

こうして人と神を分け

 

かといってひれ伏すのでもなく…

 

 

 

仏教の「空」に似ている。

 

 

 

「命」もそうですが、

 

怒りや喜び、「感情」も、「そもそも無い」のではなく「ずーーーっとそこに在るもの」

(私は空をそう解釈しています)

 

 

悟りとは、感情を穏やかにフラットに無くすように消すものではなく、

 

ずっと在るんだと、受け容れることなんだと思っています。


♡♡






 

私たちは既に満ちている存在。

知っている存在。

 


存在そのものが愛で在り、

豊かさで在り、

 

ずっと在る。

 

 


なんかね

 

もうここで満ちているんです。

知っているんです。



勝手に満ちて 飽和している感覚。

 


もう 流れに委ねたほうがシンプルだもの。

そして 完璧だもの。





感謝とともに 完全降伏 笑。






 

 

『今ここで 自分であることを歓んで生きること』

『愛する人たちとの関わりを通して 愛を育むこと』

 

この世からの旅立ちに持っていけるものは、分かち合い育みあった愛だけ。あなたの中にある愛を大切な人たちと分かち合い、ありのままのあなたを味わい愛でることができますように。無限に広がる世界を豊かに生きることができますように 願いを込めて。

 

               Sarah